欧米に多い腋臭(わきが)人口
腋臭(わきが)も多汗症も体質による症状ですが、その人口に対する比率は国によって異なります。ざっくりとした言い方をしますと欧米では腋臭(わきが)人口が多く、日本をはじめアジアでは少ないという傾向が顕著です。
海外旅行の経験がある方なら、きっと思い当たるのではないでしょうか。欧米諸国で人混みを歩いたり電車に乗ったりすると、周囲の人々の体臭の強さに思わずたじろぐことがあります。人によっては「5分もしないうちに気分が悪くなってきた」ということもあるそうですから驚きです。ニューヨークに駐在していたあるビジネスマンは、通勤時の地下鉄の臭いにどうしても馴染めず、赴任して半年ほどは自転車で通勤していたと言います。もともと日本人は体臭が強くないため臭いに対して敏感です。そのため慣れるまでには相当な時間がかかるものなのでしょう。 ですが人間の嗅覚というものは敏感でありながら、その一方でとても鈍い、麻痺しやすいものでもあります。不快と感じる臭いでも、その臭いをかぎ続けていると嗅覚が麻痺してしまい、やがて何とも感じなくなってしまうのです。
こうした生理的な理由に加えて歴史的な背景もあり、欧米では体の臭いそのものに対しては非常に寛容です。長らく肉食を中心とした食文化を育んできた欧米では、とても多くの人々が潜在的に腋臭(わきが)体質を持っています。そして同じ体質を持った者同士が結婚して子をもうけ、ますます腋臭(わきが)体質の比率が増えていきます。つまり体の臭いがするのはある意味「当たり前のこと」であって、彼らにとっては驚くにあたらないことなのです。
こうなると体の臭いはひとつの個性であり、同時に異性を惹きつけるセックスアピールにもなります。香水を上手に使って自分自身の体の臭いに馴染ませ、個性的な香りを作り上げる…このような文化も生まれてきますし、「どんな美人でも、すれ違いざまに『その人の匂い』がしないと物足りない」という価値観も自然と生まれてくるのです。
欧米には「腋臭(わきが)治療」は存在しない?
このように体の臭いに寛容な国々では、いわゆる「腋臭(わきが)治療」を受ける人々の数は、多くはないと思われます。習慣や価値観の異なる海外からのゲストを迎えることの多い人々…たとえば政治家や国際的なビジネスマン、航空会社のキャビンアテンダントなど、一部の人たちに限られるのではないでしょうか。このあたりは正確な統計があるわけではないので断言することはできませんが、少なくとも一般の主婦の方や学生さんが体の臭いに悩み、治療を受けるというケースは、あまり多くはないでしょう。
ですが日本と同様の治療は、欧米でも数多く行われています。それは腋臭(わきが)の臭いを消すためではなく、多すぎる汗を抑えるために行われているのです。
腋臭(わきが)臭には寛容な欧米でも、多すぎる汗はエチケット上、嫌われるようです。また周囲がどう感じるかという以前に、多汗症でいちばん辛い思いをするのはご本人なのですから、治療を受けてなんとか治したい、と思うのは当然のことでしょう。腋臭(わきが)と多汗症はともに体質による症状であり、併発しているケースが多いものです。ですから日本で行われている腋臭(わきが)治療を、欧米では「多汗症治療」として行っているのです。
一人で悩まず、まずは医師に相談を
ここで再び日本に目を向けてみると、欧米とはまったく逆の状況だということがはっきりと判ります。日本での腋臭(わきが)体質の方の比率は、人口の10%とも、いやそれ以下だとも言われていますが、いずれにしても少数派であることに変わりはありません。これはこれまで延々と続けてきた日本人の生活習慣…中でも野菜や魚を中心とした食生活によるものです。近年ではこうした生活習慣も変わり、食生活の欧米化とともに肉を食べる機会が増え、腋臭(わきが)人口も増えつつあります。ですがだからといって、欧米諸国のように「腋臭(わきが)臭はあって当たり前」という状況には、すぐにはならないでしょう。
こうなると、腋臭(わきが)体質の方にとってはとても肩身の狭いことになってしまいます。体の臭いが少々強いというだけで、子どもであればいじめや仲間はずれに遭うこともありますし、分別のある大人であっても、何となく疎んじられてしまうというケースもあります。そしてさらに問題なのは、自分の臭いを気にして本人が必要以上に悩み、苦しんでしまうという点です。周囲はさほど気にしていないのに、自分の臭いを過剰に気にして、常に「臭っていないか」「臭いと思われていないか」という不安にさいなまれてしまうのです。
私のクリニックにいらっしゃる患者様の多くは、程度の差はありますがこうした不安を抱えています。朝から晩まで臭いを気にし、対人関係でのトラブルがあると「自分の臭いのせいでは…」などと考えてしまいます。こうした状態がいつまでも続くのは本人にとってマイナスですし、何より精神的に追い詰められ、ストレスでまいってしまうことにもなりかねません。
嗅覚は麻痺しやすいものですから、自分の体の臭いというのはなかなか自分では判りません。といって、同僚や友人に「俺って臭くないか?」と尋ねることもできません。また他人が本人に指摘することも、とても難しいものでしょう。
ですが、腋臭(わきが)は「自然に治る」というものではありません。厳しい言い方に聞こえるかもしれませんが、悩んでいるだけでは何も解決しないのです。もしも今のあなたがご自分の臭いに悩み、苦しんでいるのなら、まず医師に相談してみることをお勧めします。ご自分の症状がどの程度のものなのか、どのような対策があるのか、治療を受けるべきかどうか。専門家である医師と相談のうえじっくり考え、答えを導いていただきたいと思います。
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